新規開業期の個人事業主・作家・クリエイターが、集客で最初に詰まる地点。それは「複数のターゲットを同時に1つの発信で狙ってしまう」という落とし穴です。ただし、解決は「片方を捨てて狭く絞る」ことではありません。 2つに見えているターゲットの間に “貫く1つの軸” を見出し、それを切り取って打ち出す ──これが新規開業期の集客の出発点です。本記事では、ものづくり系個人事業の相談で繰り返し見る典型パターンをもとに、「切り取り方」の考え方を整理します。
相談背景:「作れるものは色々ある。でも、誰に売ればいいか分からない」
開業1年目の個人作家・クリエイターの方の話を聞くと、こういう構造の悩みをよく見ます。
たとえば、個人で開業したばかりの木工作家。前職のものづくり経験を活かして、オリジナルキャラクターの木工アクセサリーや木彫りオブジェを制作している。技術的には「作れるもの」は色々あります。
- 子供の名前入りの木工小物
- 個別オーダーで作るオリジナルキャラクターアクセサリー
- アマチュア作家の創作キャラを木彫り作品にするオーダーサービス
- ハンドメイドマーケットでの一点物販売
ところが、SNSの投稿を始めても反応が来ない。ハンドメイドマーケットに出品しても閲覧が伸びない。「集客の方法がわからない」「SNSが本当にわけわからない」という悩みです。
最初の相談で出てくる問いはたいてい、こうなります。
「インスタとかやらないといけないと思うんですけど、何を投稿していいか全然わからなくて」
「自社サイトを作ったほうがいいですか?」
「広告は出すべきですか?」
しかし、こうした相談で私がまず確認したいのは、別のことです。
課題と視点:「2つのターゲットを同時に狙う」が新規開業期の最初の罠
ニーズが2層に割れて見えている
先ほどのケースで言えば、 子供の名前入り木工小物が欲しい子育てママ層 と、 個展用の木彫り作品を求めるアマチュア作家層 のように、表面的にはまったく違うニーズの2つのターゲットを同時に狙う構造になっていることが多いです。
「両方できるなら、両方狙ったほうが売上の可能性が広がるんじゃない?」── 直感的にはそう思います。でも、それが新規開業期の最初の罠です。
| 状況 | 起きること |
|---|---|
| ❌ 2つのターゲットを同時に1つの発信で狙う | どちらにも「自分のための話だ」と思ってもらえない / 投稿の言葉が抽象的になる |
| ✅ 2つを貫く1つの軸を切り取った発信 | その軸に共鳴する人に強烈に刺さる / 行動につながる |
同じ商品でも、ターゲットが変わればコミュニケーションを変える必要がある
ここで大事な観点は、 同じ商品でも、ターゲットが変われば「語りかける言葉・伝える価値」が変わる ということです。
トヨタという会社を例に出すと分かりやすいです。トヨタはランドクルーザーもレクサスも作っていますが、それぞれ別のページ・別の世界観で売っています。ランドクルーザーを買う人は「トヨタだから」で買うのではなく「ランクルだから」で買う。レクサスを買う人も「レクサスだから」で買う。
これを 1つのページで「トヨタの車です。ランクルもレクサスもあります」と並列に売ろうとすると、どちらの世界観も中途半端になってしまいます。
新規開業の個人事業者が「複数のターゲット層を同時に1つの発信で狙う」のは、これと似た構造です。打ち出しが分散すると、 どちらのターゲットにも届かない。
解の本質:「片方を捨てる」のではなく、「貫く1つの軸を見出す」
ここで多くの人がやりがちなのは、 「じゃあ片方に絞ろう」と狭く削っていく ことです。でも、それは必ずしも正解ではありません。
私が相談でいちばん伝えたいのは、こちらです。
2つに見えているターゲットの間に “貫く1つの軸” がないかを、まず探す。
見出せたなら、それは “2つのターゲット” ではなく “1つのターゲット” に変わる。
表面のニーズと、貫く本質的なニーズは別物
先ほどの木工作家の例に戻ります。
| 表面のニーズ | その奥にある本質的なニーズ(候補) |
|---|---|
| 子供の名前入り木工小物が欲しい子育てママ | 子供の “今” を、市販品にはないオンリーワンの形で残したい |
| 自分の創作キャラを立体化したいアマチュア作家 | 自分の手から生まれた “オリジナル” を、世界に1つだけの形にしたい |
──表面のニーズは「子供グッズ」と「クリエイター用作品」で全然違うのに、奥にある本質的なニーズは 「市販品にはないオンリーワンを、形にして残したい」 という1点で重なっているかもしれません。
ここが見出せれば、ターゲットの再定義はこうなります。
「市販品にはないオンリーワンを形に残したい人」のための木工オーダー工房。
これは “1つのターゲット” なのです。 子育てママもアマチュア作家も、この軸の下では同じ顧客 です。打ち出しの言葉・発信のトーン・サービスの構成は、この軸を中心に組み立てられます。
「絞り込み」ではなく「切り取り方」
ここで言葉の使い方を整理しておきたいです。
「絞り込み」という言葉は、 市場を小さくする・削っていく という印象を与えがちです。「絞ったら売上が減るんじゃないか」と不安になる人が多いのは、この言葉の印象によるものです。
しかし、新規開業期にやるべき作業は、 市場を小さくする ことではなく、 メッセージがダイレクトに届く部分を切り取る ことです。
- 大きな市場の中で、自分のメッセージが 強く共鳴する場所 を見つける
- その場所に貫いている 本質的なニーズの軸 を言語化する
- その軸に向けて、 明確な切り口 で発信する
これは「狭く削る」発想ではなく、 「広い市場の中の、強く反応する部分を切り取る」 発想です。切り取り方の解像度が上がるほど、メッセージは強く届きます。そして、強く届けば、最初は小さく見えた切り口でも、その共鳴を起点に広がっていく。
「絞り込み」と聞くと萎縮してしまう人は、ぜひ「切り取り方」という言葉で考えてみてください。
軸が見つからない場合:「優先順位をつけて、1つから始める」
ここまでは「貫く軸を見出せれば1つに再定義できる」という話をしてきました。ただし、現実には、 どう掘り下げても2つを貫く軸が見出せない ケースもあります。
たとえば、提供する商品が機能的に違いすぎる、ターゲットの生活様式・価値観が違いすぎる、購買動機が根本から別物、というケース。木工作家の例で言えば、 「子供の名前入りグッズ」と「個展に出品する大型木彫り作品」 のように、文字通り別事業として扱ったほうが自然な場合もあります。
このとき、新規開業期にとっての解は、 「両方同時に取りに行かない。優先順位をつけて、まず1つから始める」 です。
「両方やる」と「優先順位をつけて1つから始める」は別の話
「貫く軸が見つからないなら、両方やるしかないですよね」── これがいちばんよく出てくる反応です。でも、 両方を同時に同じアカウント・同じ発信で取りに行くのは、新規開業期には機能しません。
| 進め方 | 評価 |
|---|---|
| ❌ 両方を同時に同じ発信で取りに行く | 結果的にどちらにも届かない |
| ❌ 片方を完全に捨てる | 残りの可能性も閉じてしまう |
| ✅ 優先順位をつけて、まず1つから始める | 1つの成功体験ができたら、2つ目を別チャネル・別アカウント・別の屋号で展開できる |
「優先順位をつける」は、 「どちらが今すぐ自分にお金を払ってくれそうか」「どちらの方が自分の発信が届きやすいか」「どちらの方が制作のリソースを集中させやすいか」 を比較して決めます。両方を併走させない、というだけです。
「捨てる」ではなく「後にする」
優先順位をつけて1つから始める時、もう一方は 捨てるのではなく、後にする だけです。
1つで成功体験ができれば、 2つ目のターゲットへの展開 はそこから始められます。たとえば、別のアカウントを作る・別の屋号で展開する・別のチャネルで打ち出す。1つ目で得た顧客の声・実績・運用の知見を活かして、2つ目に再投資できる。
最初から両方狙って、結局どっちにも届かないまま1年・2年が経つ ── これが、いちばん避けたいパターンです。
「作れるから作る」と「欲しいと言われているものを作る」の違い
絞り込みでも優先順位づけでもなく、もう一段奥に 「作れるから作る」というプロダクトアウト思考 という問題があります。
新規開業期の個人事業者・作家・クリエイターの方は、技術力・制作力がある分、こう考えがちです。
- 「自分はこれが作れる」
- 「だからこれを売ろう」
- 「誰に売れるかは、SNSで投稿してみないと分からない」
しかし、これは順番が逆です。
| 思考の順番 | 内容 |
|---|---|
| ❌ プロダクトアウト | 「作れる」→「売る」→「誰が買うか後で考える」 |
| ✅ マーケットイン | 「誰がこれを欲しいと言っているか」→「その人の本質的な課題を理解する」→「だから作る・提供する」 |
貫く軸を見出す作業も、優先順位をつける作業も、 マーケットイン側に立った視点 から始まります。プロダクトアウトの順番で考えている限り、「貫く軸」も「優先順位」も判断材料がないままになってしまいます。
対応:典型的な答え方として整理した順序
こういう相談には、SNSの投稿方法を変える前に、以下の順で進めてもらうように伝えています。
ステップ1:「自分が作れるもの」のリストを横に置く
技術的にできることを書き出すこと自体は大事です。ただ、これは 入口の素材リスト であって、これが商品の打ち出しの答えではありません。
ステップ2:ターゲット候補を洗い出す
「お母さん層」「アマチュア作家層」のように、考えられるターゲット候補を一旦すべて出します。この段階では絞らない・優先順位もつけない。 候補をすべて並べる ことが目的です。
ステップ3:2つ以上の候補に “貫く軸” がないかを掘り下げる
ここがこの作業の核心です。表面のニーズで分かれて見えている候補たちに、 奥にある本質的なニーズ・思い・状況・性質で重なる部分がないか を探します。
たとえば、
- 「市販品にはないオンリーワンを残したい」という共通の動機がないか
- 「自分にとって大切なものを、長く形に残したい」という共通の感情がないか
- 「特定のライフステージ・特定の創作活動の節目に立っている」という共通の状況がないか
ここで貫く軸を1つ言語化できれば、 2つ以上に見えていたターゲットは “1つのターゲット” として再定義 できます。
ステップ4:貫く軸が見出せたなら、その軸を「約束」として1文で言い切る
貫く軸が見えたら、それを 顧客への “約束” として1文で書きます。これがコンセプトです。「○○な人のための、○○できる工房」のような、 シンプルで具体的な約束 にする。
ステップ5:貫く軸が見出せないなら、優先順位をつけて1つから始める
掘り下げても貫く軸が見えない場合、 別事業として認識する。 そして 両方同時に取らず、どちらか1つに優先順位をつけて始める。残りは捨てるのではなく、後で別チャネル・別アカウントで展開する想定で保留する。
ステップ6:選んだ切り口を、ターゲットが普段触れる場所・言葉で打ち出す
選んだ切り口(貫く軸 or 優先するターゲット)を、 ターゲットが普段見ているSNS・サイト・キーワードを観察して、その人たちが使っている言葉で打ち出す。専門用語ではなく、相手の生活の中の言葉で語る。
「3Dモデリングで」「樹脂で」のような提供側の専門用語ではなく、 「子供が描いた絵がそのまま手のひらに乗る」「ヌルヌル動くスマホの待ち受けにできる」 のような、ターゲットの生活と接続する言葉に翻訳する。
これから進むべきステップ
読者のあなたの事業に当てはめるなら、次の順で点検してみてください。
- 今の発信が 2つ以上のターゲット層を同時に同じ発信で狙う 構造になっていないか確認する
- なっているなら、まず 表面で分かれて見える2つに、貫く軸がないか を本質まで掘り下げる
- 貫く軸が見出せたら、その軸を 「約束」として1文 で言い切る
- 貫く軸がどうしても見出せない場合は、優先順位をつけて 1つから始める(もう一方は後で別チャネルで展開する想定で保留)
- 選んだ切り口を、ターゲットが普段触れる 場所・言葉で打ち出す
- 反応を見て、また切り取り方を磨いていく
一般化した学び:「絞り込み」ではなく「切り取り方」
この相談パターンの本質は、SNS運用やホームページのつくりかたという技術論ではありません。
「自分が作れるもの」ではなく「誰がそれを欲しいと言っているか」から発想を逆転させ、その上で表面的に分かれて見える顧客の “貫く軸” を見出すこと ── これができていないと、SNSをどれだけ更新しても、ホームページをどれだけ磨いても、反応につながりません。
そしてここで重要なのは、 「絞り込み」と聞いて「市場を小さくする」と捉えないこと です。やるべきは、 メッセージがダイレクトに届く切り口を見つける こと。市場を小さくする作業ではなく、 大きな市場の中で強く反応する部分を切り取る作業 です。
この組み立て方は、業種に関係なく通用します。個人作家・士業・教室業・サロン業・カフェ・小規模物販・コンサルタント、どれも構造は同じです。
「インスタの投稿の仕方」「ホームページのデザイン」を相談する前に、 誰に向けて、どんな約束をしているか を1文で言えるかどうか。 そして、その切り取り方が “貫く軸” としてターゲットの本質に届いているかどうか 。ここから始めるのが、結果的にいちばん早道です。
FAQ
Q1. 「貫く軸を探す」と言われても、表面のニーズが違いすぎてどうしても1つにできません。どうすれば?
表面のニーズで判断せず、 奥にある本質的なニーズ・感情・状況 まで掘り下げることが先です。たとえば「子供の名前入りグッズが欲しい人」と「個展用作品が欲しい人」は表面ではまったく別ですが、 「市販品にはないオンリーワンを形に残したい」 という本質ニーズで重なる可能性があります。それでもどうしても重ならない場合は、別事業として認識して、優先順位をつけて1つから始めます。
Q2. 「優先順位をつけて1つから始める」と、もう一方の機会を逃しませんか?
1つから始めることと、もう一方を捨てることは別の話です。 後にする だけです。1つで成功体験ができれば、2つ目のターゲットへの展開はそこから始められます。最初から両方狙って、結局どっちにも届かないまま1年・2年が経つほうが、機会損失は大きくなります。
Q3. 「絞り込み」と聞くと、市場が小さくなるイメージで不安になります。
イメージは正確には逆です。やるべきは 市場を小さくすること ではなく、 大きな市場の中で、メッセージがダイレクトに届く切り口を見つけること です。「切り取り方」と言い換えると分かりやすくなります。切り取り方の解像度を上げるほど、その軸に共鳴する人には強く届くようになります。
Q4. 自分の事業で「貫く軸」を見出す作業は、1人でできますか?
1人でやってもある程度は進められますが、 自分の事業を客観的に見る視点は、自分の中からは生まれにくい ことが多いです。家族・友人・コンサルタント・専門家など、外部の視点を入れて「本当にこの軸で2つが重なってる?」を問い直す工程を経ると、軸の精度がぐっと上がります。
Q5. プロダクトアウトのまま売れている事業者もいるように見えますが、本当にマーケットインのほうがいいのでしょうか?
プロダクトアウトが上手くいくのは、 作ったものに対して、たまたま市場のニーズがマッチしたとき や、 強烈な独自性で世の中に新しい欲求を生み出せたとき です。ただ、これは確率が低く、再現性も低い。新規開業期に「たまたま当たる」を期待するより、 「欲しいと言われているものを作る」順番で再現性のある集客の土台 を作るほうが、結果的に早く事業が回り始めます。
※本記事は実際の相談現場で出会う「よくあるパターン」をもとに構成したフィクションです。
登場人物・店舗・地域・数字などの具体設定はすべて創作であり、特定の個人・事業者を指すものではありません。
※本記事の内容は情報提供を目的としています。
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